焼酎を中心とした鹿児島の文化と、チェコのピルスナービール文化を融合させた 鹿児島空港至近のテーマパーク

錦灘酒造株式会社

河内菌白麹の発見者、
近代焼酎の父である河内源一郎から
匠の技を受け継ぎ三代目の鹿児島老舗焼酎メーカー

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焼酎を造る際に必要な「河内菌白麹」の発見者であり、近代焼酎の父と呼ばる河内源一郎の物語です。

麹の研究、そしてみずから製造へ

昭和6年(1931年)、48歳のとき職を辞し、翌7年(1932年)、鹿児島市清水町で焼酎用種麹の製造販売を始めた。菌種は泡盛黒麹菌、河内菌白麹、黄麹を改良した強力黄麹である。

~堅苦しい役所勤めから解放され自由の身で研究が続けられることで、源一郎にとってはこのときが一生のうち一番幸せの時代であったといえよう。~

麹菌の評判は北九州の利用者から徐々に高まって地元に及び、普及と販売は軌道に乗った。そして昭和14、5年頃には朝鮮、満州にまで広がって醪とり焼酎づくりの指導によく出張していたという。

鹿児島市も福山と同じく昭和20年(1945年)6月に米軍の空襲を受け、工場も全焼したが、源一郎は家財を一切持たず種麹の原種だけを防空頭巾に包んで防空壕へ待避した。 その後戦災後の混乱のため、21年に工場を再開するまで、よき理解者であった伊集院の窪田酒造に疎開、ここで製造を続けた。

河内源一郎商店グループ
BARREL VALLEY PRAHA & Gen

〒899-6404 鹿児島県霧島市溝辺町麓876-15
Tel 0995-58-2535 / Fax 0995-58-3621
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